12月7日(日)午後、大阪城ホールで第43回「サントリー1万人の第九」が開催された。昨年わたしは墨田区の国技館5000人の第九コンサートに参加した。墨田の参加者から5000人を上回る1万人の第九を大阪でやっていることを聞き、今年は1万人の第九に参加することにした。
1万人の第九は、1983年大阪城ホールが竣工した年の12月、指揮・山本直純、オケは関西の三大オーケストラ(大フィル、京響、関西フィル)、ゲスト・宝塚スター、司会・武田鉄矢、小池清で始まった。99年から指揮が佐渡裕、2015年からオケが佐渡氏が芸術監督を務める兵庫芸術文化センター管弦楽団に変わった。
今年のソリストは、ソプラノ/ハイディ・ストーバー、メゾ ソプラノ/清水華澄、テノール/リッカルド・デッラ・シュッカ、バリトン/グスターボ・カスティーリョの4人。
東京地区の練習は8月下旬から築地の浜離宮朝日ホール(定員400席弱の小ホール)で週1回のペースで始まった。

佐渡錬の練習会場・なかのZERO
11月末13回目の練習で、初めて指揮者の佐渡さんの指導を受ける佐渡錬の日がやってきた。会場は定員1400席弱のなかのZERO大ホールだ。発声練習のあと「ハナミズキ」を10分ほど練習し、佐渡裕さんが登場した。
今年は阪神淡路大震災から30年、戦後80年の節目の年、今年は大阪関西万博開幕日の第九の屋外演奏、その間だけ奇跡のように青空になったこと、阪神のリーグ優勝があった一方、ウクライナやガザでは戦争が続いているといった2025年の振り返りのあと、第九の練習が始まった。休憩も入れて1時間あまりだったが、大いに啓発された。
わたしは2つのことが強く印象に残った。
ひとつは、声は肉体の一部なので「歌と筋肉は一致する」という「トレーニング」だ。体を固くせず柔らかくする。出だし237(以下、数字は小節番号、大文字アルファベットは練習番号を示す。以下同じ。なおウムラウトの表記は落としてある)の「フロイデ」の「ロ」が1拍目にくるよう早く出る、という話はよく聞くが、佐渡さんは、エンジンを早くかけ始め、腕を振り回して真下に来るとき巻き舌の「ロ」の母音「オ」が来るように、そして前上方向に声を飛ばす、片手を前上方に投げてもよいとアドバイスされた。Dの257 Freude schoner Gotterfunken,Tochter aus Elysium は隣の人の存在を感じて歌う、そのため手を握り合い、強弱のリズムを取り合う。これを「ニギニギ」と表現した。また男声合唱411 Ja, wer auch nur eine Seele Sein nennt auf dem Erdenrund! で佐渡流は肩を組んで歌うというのは有名だが、これも「歌と筋肉の一致」の実践例だということがわかった。
もうひとつは、歌詞の解釈だ。「Und wer's nie gekonnt, der stehle Weinend sich aus diesem Bund!(E 289-292) できない者は泣きながらこの輪を去れ」をわたしは排除の論理だと思っていたが、佐渡さんは、「賛同できない人たちは涙を流して立ち去るがよい わたしたちも涙を流します ディミヌエンドにはやさしさがある」と説明した。なるほど、と思った。
Gの後半319の und der Cherub steht vor Gott! の部分。ケルプは天使だが、嬰児のような天使ではなく鎧を着た天使だ。みんなで協力してここまでやってきたが、神殿の前でケルプに押し返された 326や328の伴奏の下降の音型で崩れ落ちる、最後の 329「vor Gott!」では立ちすくんでいる。331-342そこに何かがやってきた。小さな吹奏楽団、応援団だ。ピアノ伴奏で、ミッキーマウスマーチ、「なんの違和感もないでしょう」。まるで佐渡マジックにかけられたようだ。そしてテノールのソロ、男声合唱へと続く。
ほかの指導者から似たようなことをお聞きした部分もあるが、佐渡さんの解説は「ストーリー」を形成しているので理解しやすく、体に入りやすい。たとえば、どの合唱団でも難しい631 Ihr sturzt nieder, Millionen? Ahnest du den Schopfer, Welt? では「ひざまずく、ひれ伏す あきらめてしまうのか ミーリオーネン 未来があるよ 予感できるか 抱き合える世の中をあきらめてしまうのか わたしたちはフロイデを信じている あきらめない 希望に燃える」、エンディングは「ついにたどりついた aus Elysium ついに門の鎖が解けて、門が開いた!」という具合だ。
佐渡さんの関西イントネーションは、たまたまわたしの生まれ育ったところと近いことがあり、なつかしくかつなじむことができた
そして、大阪城ホールでの前日リハの日を迎える。
1万人というと、物理的に大変な質量になることが、よくわかった。最寄り駅は環状線・大阪城公園だが、駅からホールまで400mほどの道のりに、すでにビッシリ行列ができていた。はじめての全員集合、わたしの席はスタンド席の最前列のコーナーだった。隣の方は30回近く参加のベテラン、その隣も10回程度参加という方、お二人とも地元関西の方だった。スタンド席は客席も入れて9000席なので、アリーナ席も使う。
センターのモニターは四方に面している。まわりにスピーカーも吊り下げられている。モニターの下に鼓童の大太鼓が見える
前日リハの最後のほうで合唱指導の方から、前上方の大型モニターの映像やスピーカーの音は見たり聞いたりしないよう、くれぐれも佐渡さんの指揮棒をみるよう、かなり強い指導があった。
注意深くみていると、たしかに実際の指揮に比べモニターの音・画像は微妙に遅くずれていた。
当日午前のゲネプロでは、わずかに佐渡さんの右手だけみえたのでそれを当てにした。モニターは見ないようにすればそれですむが、スピーカーからのオケの音やソリストや合唱の音は当然動画と同期している。生音は聞こえずスピーカーの音が聞こえてしまう。その音より1/16拍とか1/32拍なのだろうが早く歌うのは、わたしにとっては難行苦行以外のなにものでもなかった。
隣席のベテランに聞くと、モニターの音や佐渡さんの画像は絶対見てはいけない、見えないときは自分を信じて歌うしかないとの仰せだった。
さて、本番だがわたしの前方10mくらいのアリーナ席の人の頭がわずかに動いたようで、指揮棒がほとんど見えなくなった。たまに佐渡さんが腕をかなり上げて振ってくれたときだけみえる。あとは想像で歌うしかない。
わたしの席はスタンド席最前列だったが、もっと後方や2階席の女性たちはきっと見えない人もいたはずだ。また階段状の席なので一列前がたまたま背の高い人が立っても指揮はみえない。これはひどいと思った。
打上げのときに聞いた話では、わたしのいたブロックでも9列目の方は少し高い位置だったので指揮が見えたそうだ。またアリーナ席の人も大丈夫でしかもオケの生音も聞こえたとのこと。何度も参加すれば「慣れ」で歌えるのかもしれないが・・・。
布袋寅泰がゲストに出た年は、さらに大きなスピーカーが天井からぶら下がっていたとの話だった。

昨年の5000人でも人の量に圧倒されたが、今年はその2倍である。たとえば、スタンド席の男性トイレは屋外の仮設トイレ25台のみだったが、行列がすごかった。女性のみなさんが行列をつくっているのをよくみかけるが大変さを実感できた。練習が始まった9月ころ早くホテルを予約したほうがよいと、アドバイスされた。すぐ予約したが危ないところだった。
またわたしが8年前に初めて第九に出たときは、初めてのせいもあるだろうが自分たちの合唱団という気がして緊張もした。大きくなればなるほど、運営や下働きはすべてスタッフの方任せで、参加者の1人ではあるものの、お客さんのような気になる。
大きければよいというものではない、ということがよくわかった。
もうひとつの大きな違いは、いままで出たのは主催が区や市民団体だったのが、1万人では純粋に民間「企業」であるMBSテレビとサントリーホールディングスだったことだ。正確には主催はMBS、特別協賛がサントリーだ。
イベントとして成立させないといけないからなのか、いろいろ厳しいルールがあった。たとえば前日リハや当日の集合時間厳守の厳しさだ。「朝8時50分集合」「50分には閉門する」を繰り返しアナウンスするだけでなく、帰路に何枚も大きな看板を置いていた。練習も12回出席がマストで、1回ずつスマホでQR画面を読み取らせ参加記録を表示させないと練習にも参加できない。12回電子スタンプを押し、さらに佐渡錬に出て初めて本番参加の「資格」を取得できる。その画面を係員に見てもらい入場する。つまりスマホ画面が入場券になっているということだ。
またカネに関する主催者の姿勢もずいぶん違った。たとえばホール前上方の4面の大型ディスプレイだ。見ないで歌えというのなら観客席側の1面だけにして合唱団のほうを向いている3面は、せめて第九演奏時だけでも消灯してくれるとありがたいのだが、これはスポンサーから(合唱団の)一般市民向け広報宣伝ツールなので、そんなことはできない相談なのだそうだ。

前日リハの日、練習開始時間の30分ほど前に到着した。それでもホールの外に長蛇の列ができていたので慌てて最後尾に並んだが、あとでこの列は記念グッズ、たとえばタンブラー2500円、Tシャツ3000円、トートバッグ2500円などを買う行列だったことが判明した。まずグッズを買ってから入場の列に並ぶというふうになっていた。少し驚いたのはプログラムが3000円だったことだ。わたしは高額だったので購入しなかったが、ペラ1枚程度の上演種目と進行順だけ書いたプログラムすら配布されなかった。徹底している。
参加料も、2023年は11000円、昨年は14000円、今年は16500円と年々上がっているとのこと。
当日場内では、CD3300円、DVD5500円、ブルーレイ7700円の予約販売受付を数か所で行っていた。国技館でもやっていたが、もう少し安かったような気がする。赤字は出さないという方針の表れなのだろう。
そういえば、オーケストラ席の前方と後方に首長恐竜のようなカメラが2台首を振り回していた。テレビ番組としてベストショットを撮ろうとしているのだろう。ステージ前はわたしの席からは見えないが、きっと何台ものカメラがあったのだろうと思う。
練習会場は近畿10を含め全国16(これ以外にオンライン教室1)あり、当日ホールに来られた合唱指導の先生だけでも17人いらっしゃったので、たしかに運営費も莫大なのだろう。
また事務局は、参加者確保も大きな「業務」だ。今回も出場者1万人に対し、数千人抽選落ちの方がいらっしゃったらしい。どうやってこんなに希望者を集められるのか、大変な「企業」努力だと思う。男性の場合、多くは60歳以上、メインは65歳以上だと思う。高齢になると自然に減っていくので対策として若手を増やすため親子参加を奨励していた。最年少の小学1年生は今年は五十数人だったそうで、特別に集合写真を撮っていた。

ただ年に一度の祭りの日と考えれば、見方がガラリと変わる。
コンサート第一部のオープニングは暗闇のなかで太鼓芸能集団 鼓童が登場し、演奏を繰り広げる。昨年の国技館・第九が呼出し・利樹之丞の太鼓と拍子木から始まったことを思い出した。そして一青窈のミニ・コンサートが始まる。耳をすます(作曲:森山直太朗)、もらい泣き、アレキサント゛ライト、ハナミズキ。ハナミズキは三重の2校の女声合唱がバックに入る。またわたしたち合唱団も着席のまま、ほんの一部バックコーラスを歌った。一青の歌はとくに歌詞がいい。
司会は三ツ廣政輝(MBSアナウンサー)と松岡茉優、テレビ番組ということもあるからだろうが、本格的だ。
さらに今年は阪神がリーグ優勝したこともありサプライズ・ゲストとしてショート・小幡竜平選手が登場した。ウィーンのニューイヤーコンサートで毎年ラストに演奏されるラデツキー行進曲を全員で手拍子していると、途中でオケの音楽が佐渡さんも好きな「六甲おろし」に変わった。観客も大喜び、合唱団員の8割は関西の人なので大合唱になった。小幡選手もうれしそうだった。
佐渡さんと小幡選手は同じくらいの身長に見えた。小幡は184cm、76㎏なので、日ごろから佐渡さんは大きい感じがしていたが、やはり背の高い人だった(体重は小幡よりかなり重そうにみえたが・・・)。
なお、場内撮影禁止なので、佐渡さんの姿も含め、ゲストほかの写真は撮ることができなかった。
また第九の第4楽章演奏に先立ち、蒼井優の歌詞朗読(訳:サントリー1万人の第九事務局)があり、これがなかなかの迫力で感動した。観客にとっても歌詞の内容を理解できてよいのではないかと思う。
毎年いろんな俳優が朗読するそうで、過去佐々木蔵之介、小栗旬、仲間由紀恵、井川遥などさまざまな俳優や歌手が務めた。隣席のベテランの話では、人によりずいぶん印象が変わるそうだ。さすが、役者の個性である。
エンタテイメント・ショーを一日楽しめるというのは、祭りのようなものだ。第九の演奏が終わると同時に紙吹雪が舞った。最後は合唱団員がペンライトを振りながら「蛍の光」を歌う。年末だからなのだろう。1番はなんとか歌えても、さすがに「とまるも行くも限りとて かたみに思う ちよろずの」という2番の歌詞は覚えていなかった。
年に一度の佐渡裕祭り、しかも自分もごく一部だが参画できる祭りだ。隣のベテランの方は、合唱はこの第九のみ、オフシーズンは何もしていない、とのことだった。たしかにそういう「1万人の第九」合唱団員もたくさん生まれそうなイベントであった。

依成の豚平焼とチキンラーメンの鍋
☆新大阪駅近くで1泊した。旅の恒例で、浜田さんのブログをみて依成(よりみち)という居酒屋に立ち寄った。地下鉄御堂筋線東三国駅から100mほど南にある、カウンターのみ15席ほどの居酒屋。母と息子さんの2人でやっている。お母さんは70代かと思われるが「手造りかめ壺仕込み 太古屋久の島」と書かれた紺のTシャツを着て元気そうだ。本坊酒造という醸造元のグッズのようだ。しかし息子さんを立てている。息子さんが調理もしつつ、お勘定も扱い、とても働き者のようだった。
ブログに「豚平焼」が名物とあるのでわたしも頼んでみた。豚のソテーを卵焼きでくるみマヨネーズがたっぷりかかっている。ポークピカタに似ているが、肉の上にオムライスのように卵焼きを巻いているところが違う。
「チキンラーメン 300円」があることをブログで知っていたので注文する。ただの即席麺にしては高めだ。居酒屋なのだから仕方がないかと思いつつ3分待つ。ひよこのイラストが蓋に付いている瀬戸物の丼が出てきた。蓋をあけると卵が乗っている。これが普通のラーメンとの違いだ。
チキンラーメン独特のにおいに誘われて両隣の男性が手を上げて注文した。
右の方は静岡の高校の同級生で数十年ぶりの再会、左の方は高槻市の生まれ育ち、いまは山科在住の元ラガー、長く生きているといろんな共通点もあるので大いに話がはずみ、うまい酒になった。

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